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神戸地方裁判所 昭和53年(ワ)1256号 判決

原告

更家慎三

ほか一名

被告

神戸市道路公社

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告ら)

被告は、原告更家慎三に対し金二〇〇〇万円、原告坂本亜紀子に対し金五〇〇万円、及びこれらに対する昭和五三年一二月七日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

(被告)

主文同旨の判決

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告更家慎三(以下、原告慎三という。)は、昭和二五年三月二〇日生の男性であり、昭和四九年ころ神戸市内のスタンドにバーテンとして稼働していたものであり、原告坂本亜紀子(以下、原告亜紀子という。)は、昭和四五年六月一六日原告慎三と婚姻届をなして夫婦となり、昭和四九年当時神戸市内のクラブにホステスとして稼働していたものである。

被告は、神戸市の区域での有料道路の所有、管理を目的とする公社であり、神戸市灘区六甲町所在の六甲有料道路を所有、管理するものである。

二  原告慎三は、昭和四九年一二月五日午後五時ころトヨタカローラ神戸五五わ一六六号を運転して右六甲有料道路表六甲区間(以下、本件道路という。)を下降中、同道路料金ゲートから約五〇〇メートル手前の山頂に向つて左側に存する休憩所(以下、この土地部分を本件空地という。)において休憩をとるべく、同所に進入停車しようとしたところ、前面が下方に傾斜していたためスリツプし、もつて約二〇メートル崖下に転落(以下、この事故を本件事故という。)し、車外に投げ出され樹木の枝にひつかかつたところを救助された。

三  本件道路は、六甲山の山麓を切り開いて全面舗装し、六甲山頂又は有馬方面へ抜ける道路として敷設された有料自動車道路であり、およそ全区間にわたつて片面又は両面が崖に面しているから、これを所有、管理する被告は、自動車の飛び出しによる転落事故を防止するための防壁又はガードレールを設置してもつて自動車走行の安全を確保すべき義務あるものであり、本件空地は、これに付属する休憩所又は駐車場として設置されたものであり、その先端部分は急峻な崖に面していて見通しが悪いので前方になお余地があるものと誤信して突進するおそれがあり、またこの附近は砂地であるうえ地盤が軟弱で下降しているためスリツプして崖下に転落するおそれがあるから、空地の先端部分の崖の手前にガードレール等の防護柵を設置したり、注意を催す標識を立てるなどして、転落事故を防止すべき管理上の義務がある。

仮りに本件空地が休憩所又は駐車場として設置されたものでなく道路建設の際の余り地であつたとしても、同地は道路から平坦に連らなつた土地で、道路との間に段差などもなく一見休憩所と見まちがう形態をなしているのであるから、車両がここに侵入して転落などの事故を惹起することのないよう、本件空地への進入禁止の標識をし、又はガードレールを設置して進入できないようにする等の管理上の義務がある。

然るに被告は、右のような措置を採らず、これがため本件事故が発生したものであるから、本件道路の管理に瑕疵があつたものというべく、被告は、本件事故により原告らの蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

四  原告慎三は、本件事故により第六頸椎骨折、脊髄損傷の傷害を受け、昭和五〇年六月六日神戸市により脊髄損傷、第六頸椎圧迫骨折による両下肢機能の全廃、両手指クロー変形の傷害名で身体傷害者第一級の認定を受け、昭和五〇年七月二四日には下肢の機能麻痺の回復の見込みがない旨の診断を受け、関節の拘縮防止及び膀胱訓練を行う一方、昭和五三年四月から兵庫県リハビリ職業訓練所において金属工芸科の職業訓練を受けている。

原告慎三は、板前見習を経て、板前及びバーテンの経験六年を有し、事故直前までバーテンとして勤務し、昭和四五年原告亜紀子と結婚後同人がクラブホステスとして子供ができるまで共稼ぎして蓄財し、将来は自己の店舗を構えて小料理店又はスナツク等の営業に従事する夢をもつていたものであるが、本件事故により九七〇日の入院のすえ、下半身不随皮ふ感覚がないため、歩行及び性行為、排せつ行為の全機能を喪失し、車椅子に乗り、脱糞用の袋をビニール管で結接して持参する毎日であり、右手指の変形のため、経験あるバーテンの仕事をあきらめ、毎日職業訓練所において金属加工の技術を勉強するかたわら、生涯を通じて月二回通院加療を要する身である。

原告亜紀子は、夫たる原告慎三が生命侵害と同視すべき程の前記傷害を受けたため、事故直後にホステスを辞め、原告慎三の看病に当たり、機能回復のためのマツサージ運動等に助力する外、退院後は原告慎三の車椅子を押して職業訓練所に通わせ、診療所への通院に付添つて看病するかたわら、近所の手伝いなどして生計を維持するものであるが、本件事故により夫婦生活が不可能となり、将来子供のできるあてもなく、国等の福祉行政に生活をゆだねる毎日である。

以上のとおりで、原告らが本件事故により蒙つた損害は、別紙損害明細書のとおりである。

五  よつて、被告に対し損害賠償として、原告慎三は右損害金のうち金二〇〇〇万円、原告亜紀子は損害金のうち金五〇〇万円及びこれらに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和五三年一二月七日以降右各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(認否)

第一項中、被告の目的及び本件道路を所有、管理していることは認め、その余は不知。

第二項中、原告慎三が原告主張の車両に乗車中転落したことは認め、その余は不知。

第三項は、すべて否認する。本件空地は、休憩地又は駐車場として設置されたものではなく、道路建設の際資材置場として利用されていたもので、道路敷地部分に含まれておらず、被告が昭和四九年一一月一日道路整備特別措置法二七条の三第一項の規定により、神戸市から本件道路の管理を引継ぎ、所有権を取得した際も、右土地はこれに含まれていなかつたものである。また、本件道路と本件空地との間には、コンクリート製の高さ一二センチメートル程の側端部分があり、本件道路と空地とは明確に区分されていた。

第四項は不知。

第五項は争う。

(抗弁)

仮りに、原告らが本件事故による損害賠償請求権を取得したとしても、原告らは、昭和四九年一二月五日の本件事故発生日から三年一一か月余を経た昭和五三年一一月二九日に至つてはじめて本訴提起に及んだもので、右事故発生時から三年間の経過により、消滅時効が完成した。なお、仮りに原告らが、右事故当時被告の具体的名称を知らなかつたとしても、少くとも本件道路を管理する公的団体が存在することを知悉していたのであるから、本件事故時点において既に民法七二四条の加害者を知つていたものというべきである。

(認否)

原告らが本訴提起まで、被告に対し損害賠償請求をしていないことは認めるが、時効完成の主張は争う。

原告らは、昭和五二年七月三一日ころに至るまで、本件道路の管理者が被告であることを知らなかつたものである。

第三証拠〔略〕

理由

一  被告が神戸市の区域で有料道路を管理すること等を目的として設立された公社であり、本件道路は被告の所有、管理にかかるものであること、原告が昭和四九年一二月五日午後五時ころ、トヨタカローラ神戸五五わ一六六号に乗車中、本件空地から崖下に転落したことは、当事者間に争いがない。

二  原告慎三は、その本人尋問中で本件事故の態様について、本件空地で休憩するため、自車を本件空地に乗り入れたうえ停車し、座席にもたれたところ、自車前部がガタガタと崖下に滑り落ちた旨供述するが、成立に争いのない甲第六号証、証人中野國治の証言、原告慎三本人尋問の結果によると、原告慎三は本件事故直後に父中野國治や警察官に対し、本件事故の原因として、自己の疲労を挙げていたことが認められ、これに反する証拠はないから、右認定事実と対比すると、原告慎三の前記供述は俄かに信用しがたい。却つて、前記甲第六号証、検証並びに原告慎三本人尋問の結果によると、原告慎三は、本件道路を山頂方向から下つて来て本件空地で休憩をとるべくここに進入したものであるが、本件道路走行時から殆んどハンドル操作をしないまま落下地点に至つていること、本件空地部分は相当の広さがあり、休憩のため停車するのであれば落下地点よりはるか手前に停車することが可能でありかつこれが通常と考えられること、本件落下地点付近にスリツプ痕はなかつたことが認められ、これら事実と原告慎三が当時疲労していたこととをあわせ考えると、原告慎三は休憩のため本件空地に進入したが、疲労ないしは他の何らかの理由によつて制動操作が遅れ、これが措置を操らないまま落下地点に至り、ここから転落したものと推認されるところである。

三  次に、原告らは、本件道路の瑕疵について主張するので判断する。

成立に争いのない乙第一ないし第三号証、証人中野國治の証言、検証並びに原告慎三本人尋問の各結果によると、

1  本件道路は、被告が昭和四九年一一月一日神戸市から引継ぎを受けたものであるが、本件空地は、右道路が山頂方向に向かつて右に大きく屈曲する部分の左側に存在し、概ね平坦な土地であるとはいえ、その先端は、急峻な崖に面しており、この付近にガードレール等の防護措置はとられていなかつたから、本件空地を駐車場又は休憩所として利用することは、極めて危険な状況であつたこと、

2  本件空地は、事故当時未舗装のまま放置されており、車両の駐車場又は休憩地として予定されたものではなかつたが、本件道路の利用者が、休憩のため本件空地に進入することは容易であり、これを妨げる措置は何ら構ぜられていなかつたし、現に本件空地で休憩する車両が存在したこと、

が認められ、右認定に反する証拠はない。

被告は、本件空地は道路建設の際、資材置場として利用した土地で、本件道路敷地に含まれておらず、従つて神戸市との前記引継ぎにおいてもこれに含まれていない土地であると主張するが、成立に争いのない乙第一号証、同第三号証によると、右の引継ぎに際して交わされた協定書によると、神戸市は、引継道路を構成する敷地、支壁その他の物件のうち神戸市の所有にかかるものについては被告に譲渡し、第三者の所有にかかるものについては、被告が引続き同一条件で使用することができるよう被告と第三者との仲介に当る旨約したことが認められるが、右以上に詳細な約定はなく、前記認定のとおり本件道路から本件空地に容易に進入できる構造になつていること、将来道路修理の必要が生じたときには資材置場等としての利用が可能であること等からすると、本件空地は前記協定書にいう引継道路を構成する敷地に含まれるのではないかとの疑念がある。

しかし、本件空地が本件道路の屈曲点に接して存在し、本件道路から容易に進入できる状況にあること、本件空地を休憩所として利用することは前記のとおり極めて危険であることは、前認定のとおりであるから、本件道路を有料道路として管理する被告としては、本件空地が道路を構成する敷地に含まれないのであれば、本件空地への進入を措止する措置を採るか、進入が危険である旨の表示をすべきであり、本件空地が道路を構成する敷地に含まれるのであれば、右の措置を採るか又は車両が進入しても転落の危険がないよう空地の先端部分にガードレールを設置する等の安全措置を講ずべきである。然るに被告は、これらの措置を採ることなく本件道路を一般の利用に供したのであるから、本件道路は、その通常有すべき安全性を欠いていたものというべきである。

右のとおりであつてみれば、本件事故は、前記の原告慎三の制動操作不適当による過失と、本件道路の設置管理の瑕疵により生じたものというべきであるから、被告は原告らが本件事故により蒙つた損害のうち相当部分についてその賠償義務を負担するに至つたというべきである。

四  そこで、次に被告の消滅時効の主張について判断する。

原告らが本件訴訟に至るまで、被告に対し本件事故による損害賠償の請求をしていないことは、原告らの自認するところである。

原告らは、昭和五二年七月三一日ころに至るまで、本件道路の管理者が被告であることを知らなかつたから、民法七二四条前段の加害者を知つたときは、右時点であると主張するが、失当である。すなわち、原告らが、本件事故発生当時から、本件道路が有料道路であり、料金を徴収し、道路を管理する主体が存在することを認識していたことは明らかであり、原告慎三本人尋問の結果によれば、同人は本件事故以前にも何度か本件道路を通行していたというのであるから、その度に被告の名称の記載ある領収証の交付を受けていたはずである。右の如き事情下にあるときは、原告らがその具体的名称を知らなかつた場合であつても、民法七二四条にいわゆる「加害者」を知悉していたものというべきである。

更に、昭和五〇年七月二四日原告慎三の下肢の機能麻痺は回復の見込みがない旨の診断を受けていることは、原告らの自認するところであるから、原告らは、右時点において本件で請求する全損害について、その発生を知つたものというべきである。

五  してみると、原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当として棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森脇勝)

損害明細書(原告慎三分)

1 療養費

イ 西外科病院 49.12.5 14,160

ロ 近藤病院 49.12.5~49.12.18 224,565

ハ 神戸労災病院 49.12.19~50.9.30 1,441,601

注 50.10.1以降は障害認定により治療費免除

ニ 付添費 14,803,975

注 入院期間(49.12.5~51.8.31)につき1日2,500円

退院後43年間(ホフマン係数22.611)につき1日1,500円

ホ 入院雑費 970,000

注 入院期間(49.12.5~51.8.31)につき1日1,000円

2 逸失利益 28,488,600

注 稼働可能年数43年間(ホフマン係数22.611)

月収 150,000円 生活費割合0.3

3 慰藉料 15,000,000

4 弁護士費用 6,000,000

計 66,942,000

損害明細書(原告亜紀子分)

1 逸失利益 600,000

月収 200,000円 必要経費50% 1年分

2 慰藉料 10,000,000

3 弁護士費用 1,000,000

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